犬の皮膚:バリア機能
犬の皮膚がベタついていたり、カサカサしてフケっぽかったりしたことはないでしょうか。もしかしたら、それは脂漏(しろう)症かもしれません。皮膚には微生物やアレルゲン、紫外線など、さまざまな外部の刺激から最前線で体を守り、さらに内側からの潤いをキープするバリア機能が備わっています。犬の皮膚はヒトよりも薄く、非常にデリケートです。このバリア機能が低下すると皮膚の状態が悪くなり、乾燥しすぎたり脂っぽくなったりしてしまいます。この状態を脂漏症とよびます。
脂漏症:皮膚のターンオーバー
皮膚のバリア機能には皮膚の構造が大きくかかわっています。
私たちに見える皮膚の部分は「表皮(ひょうひ)」とよばれます。表皮の一番深部で新しく細胞が作られ、それが形を変えながら表面に押し上げられていきます。そして、最終的に古くなった細胞は剥がれ落ちます。このように表皮では常に新陳代謝が起きており、皮膚のターンオーバーと呼ばれます。
このターンオーバーの期間に皮膚の細胞はセラミドなどの保湿成分を作ったり、皮膚の表面を覆う適正な量の皮脂を作ったりすることで、皮膚のバリア機能に貢献します。
ターンオーバーの期間は犬では一般的に約3週間といわれますが、様々な原因でこれよりも短くなってしまうことがあります。するとセラミドなどの保湿成分が不十分になることで皮膚が乾燥したり、乾燥を補おうと皮脂が過剰に分泌され脂っぽい、べたべたした肌になったり、3週間を待たずに細胞が剥がれ落ちることでフケっぽい肌になったりします。人では脂(あぶら)症の状態だけを脂漏症と呼びますが、犬では脂症の状態だけでなく、フケ症の状態も脂漏症にくくられます。
脂っぽい肌になると、湿度や脂分を好むマラセチアが皮膚で増殖し、脂漏臭と呼ばれる独特のにおいがします。このマラセチアは犬や私たちの皮膚の表面にもともと存在している常在菌の一種ですが、皮脂が増えると、この脂をエサとしてマラセチアが異常に増えます。増えたマラセチアはバリア機能が弱った皮膚の表面を刺激して炎症を起こすことで犬の皮膚に赤みや痒みが出てきます。これがマラセチア皮膚炎と呼ばれるもので、マラセチアへの過敏反応(アレルギー反応)の関与が考えられています。
犬によっては、脂っぽい肌とフケっぽい肌が混在することもあります。湿りやすい耳の中、顔のしわの間や指の間のほか、脇、内股など皮膚がこすれ合う場所は、脂っぽくなったり、マラセチア皮膚炎が起こりやすい代表的な箇所です。一方、背中などはフケっぽくなりやすい傾向にあります。
また痒みの程度がひどくなると、その部分を犬が引っ掻くようになります。その状態が長期化すると、皮膚が分厚く変化したり、皮膚の色が黒くなったりする色素沈着などを起こしたりします。いずれの場合も、早めに獣医師に相談しましょう。
脂漏症:原因
脂漏症には色々な原因がありますが、大きく分けると2つのタイプに分類されます。
1つは遺伝的にターンオーバーがうまくいかず、脂漏症になりやすい体質を持っているタイプです。代表的な犬種に、シー・ズーやプードル、ラブラドール種などが挙げられます。このタイプは完治させることは難しく、体質として脂漏症と付き合っていく必要があります。
もう1つは体質とは関係のない、後天的な要因でターンオーバーがうまくいかなくなってしまうタイプです。具体的には皮膚炎やホルモンの病気、皮膚に必要な栄養が足りない、誤ったスキンケアといったものが挙げられます。
脂漏症:治療
犬の脂漏症を治療する際、体質以外の原因が分かっている場合は原因を治療します。
体質が関与している場合、または原因を治療している間は①スキンケアや飲み薬によるマラセチアの管理、②環境管理、③食事管理、④基礎疾患の管理を組み合わせて行います。
① マラセチアの数の管理
脂漏症で増えるマラセチアはもともと皮膚に存在する常在菌なので、すべてをなくすことは現実的ではありません。犬の脂漏症に対するスキンケアの基本はシャンプーです。シャンプーすることで増えすぎてしまったマラセチアの数を減らし、マラセチアのエサとなる脂も洗い落とします。脂漏の重症度に応じてシャンプーの種類や頻度を決めます。
脂漏症に対応したシャンプーは脂を落とす作用が強いので、必要な皮脂膜まで洗い流し皮膚バリア機能を弱らせないよう、保湿剤などを使用することも推奨されています。セラミドなどが配合された1回使い切りタイプのものや、気軽に使えるスプレータイプのコンディショナーなど様々なものがありますので、使い勝手に合わせて選んであげましょう。
シャンプー後のドライヤーのかけすぎは皮膚が乾燥し、かえって皮脂の分泌を刺激し脂漏を悪化させることがあるので、タオルドライのみとするか、もしくはドライヤーを使用する場合は冷風にするか、温風の場合はできるだけ皮膚から離して使用しましょう。また毛が長い犬は、シャンプーの負担を減らし、蒸れにくくするために毛を短くすることもあります。
シャンプーの方法はこちら
その他、増えすぎたマラセチアに対して飲み薬(内服薬)を使ってマラセチアの数を減らすこともあります。
かかりつけの獣医師と相談し、犬の皮膚の状態および飼主様の生活環境に合わせた、マラセチアの管理方法を探すようにしましょう。
② 生活環境を整える
脂漏症は高温多湿で悪化します。そのため、梅雨時や夏は、クーラーや除湿機で温度と湿度を管理しましょう。冬場は暖房が効きすぎていると皮膚が乾燥して、かえって症状が悪化することがあるので要注意です。
③ 食事管理
太った体型は、余計なしわが多くでき、こすれたり、蒸れることで皮脂の過剰分泌を招き、マラセチアの増殖を促し、脂漏症を悪化させることがあります。太りすぎの場合は、食事管理でダイエットすることも必要になります。
④ 基礎疾患の管理
ターンオーバーがうまくいかない理由の一つとして基礎疾患の関与があります。この基礎疾患としてアトピー性皮膚炎やホルモンの異常などがかかわっていることもあります。これら基礎疾患がある場合は基礎疾患を管理することで脂漏症の管理もしやすくなることがあります。
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脂漏症:付き合い方
脂漏症の治療で最も重要になるのがスキンケアですが、シャンプーの選び方や洗い方、頻度などがそのコに合っていないと辛い思いをさせることになってしまいます。定期的に獣医師の診療を受けて、皮膚の状態をチェックしてもらいましょう。
また、脂漏症は一度症状が改善しても、繰り返すことが多いという特徴があります。
脂漏症では耳の中も脂っぽくなり、耳の痒みを伴う外耳炎も一緒に起こすことが多くあります。耳洗浄や点耳薬の使用について獣医師に相談することをお薦めします。
常在菌のひとつであるマラセチアとうまく付き合っていくために、皮膚の上にある常在菌全体のバランス(=マイクロバイオーム)を整えることを意識するのはとても大切です。脂漏症の発症を予防するために、また悪化させないために、スキンケアの継続と定期的な受診で上手に付き合っていきましょう。